耕木杜…木を耕し杜(もり)に帰る  
 
住宅は人が生活する場としての使用目的がはっきり決まっているため、
建築の自由な芸術性から考えるとあまり建築的ではないといえます。
けれども、空間を分解してその構成を見極め、ちゃんとものを計算して作っていくと、
より建築に近づくことができると私は考えています。
そこで大切なことは、はっきりと空間を認識する、ということです。

空間認識とは



空間を認識するとはどういうことなのでしょうか。
家が完成するとまず、家という立方体の容積を実感しますが、それは空間ではありません。
部屋の広さ 天井の高さ 窓の配置 壁や天井 枠の見え方にいたるすみずみのデイテール、 
そこに置かれる家具や、さらには庭に植えられる木立や風景まで、
建築とそれに関わる様々な環境までが空間の成立の要素となります。

イメージとして建物とそれを取り巻く環境全ての空間をはっきり認識できたら、
後はそのイメージから逆算して組み立てていけばいい。
まず大切なのは、これからどんな空間を作るのかをはっきり手にとるように隅々まで認識することです。
そういったことをしっかり勉強を重ねていくうちに、空間をつくる事にある種の方程式があり、
あとはそれに従って進めていけば建築的にも矛盾のない空間となる事がわかりました。

ほとんどの現場で、施工は施工技術者に、設計は設計士にと分業化され、
それぞれに作り手の一方的なものづくりが行われています。
そして住み手にとっての確かな空間イメージがないまま、ちぐはぐな空間ばかりが生まれています。


心地いい空間とは



人は、自分の居場所がきちんとある事でその空間を心地よく感じるのだと思っています。
空間は心理的要因と密接しています。
例えば、ある窓をアプローチから玄関に向かってくるお客さまが見えるように、
けれどもお互いの目は合わないような高さに設定したり、
屋根に雨といをつけない事で、雨の日は屋根をつたって軒先から落ちる雨を窓から眺めることができ、
雨から守られていることを実感したりもする。
建築にこういった人の心に働きかける工夫を細部にすると より良い効果が生まれてきます。

守りたいものが守られ、安心してそこに居られる空間を作るためには、道具や技術だけでは足りません。
天井が高すぎる、空気が澱んで気持ちが悪い…といった心理的に嫌なものは排除し、
木の目や素材の硬さなど、素材の特性を熟知し、場所場所に適した素材の表情を表現していく、
確かな経験と感性を生かした仕事が重要です。
そしてそれは、お客様の暮らしに寄り添い、暮らしの本質をつかんだものでなくてはいけません。

また、使用目的がはっきりしているからといって、ガチガチに決まりすぎた空間は作為的で、
かえって居心地が悪くなってしまいます。

技術と、経験と、真剣な仕事に裏打ちされた、適度な遊びや揺らぎも必要です。
そういった様々な要素とのバランスがとれた状態が、静謐な空間を生むのではないでしょうか。

調和のとれた空間とは



建築するにあたって考えるべきバランスはなんでしょうか。

・自然との調和
・時間との調和
・価格との調和

白神山麓の本当の自然の中で遊び育った私は、
自然界の野性のものをそっとうまく生活の中にとり込むということを大切にしてきました。

人は自然の一部です。

現代人は自然から隔離されてしまうことが多くなって、五感や感性が鈍くなってきているように感じます。
耕木杜の建築が、家づくりに無垢の木や自然素材にこだわり、
庭に自然味のある樹を植えたりするのはそのためです。
無垢の木は傷みが早いと心配する人もいますが、大切なのは、
傷まないと謳っている化学素材を使うことではなく、
素材にちゃんと触れて傷まないように大切に使うことではないでしょうか。

また、時間の経過の移り変わりを楽しむことも豊かさの一つだと考えます。
時間と共に変化し成長し朽ちていく木や、漆喰や土など人の手で自然の素材で塗られた壁は
時をこえて表情豊かでとても美しいものです。
やはり人も建築も自然の中で存在し、やがては土に帰っていくものだと思います。

さて、住み手にとって、家を作るための価格は重要な問題です。
適正価格を超えない、
住み手からゆだねられた予算をもとに、打ち合わせを重ね、予算に適した仕様を検討し設計を進めていきます。
そのあとは特別な変更が出ない限りは 設定した予算と大幅にオーバーした事はありません。

高級なものを使えばいい家ができるわけではありません。背伸びをした空間もまた居心地が悪いものです。
予算の中で素材やデザインなどを工夫して身の丈に合った空間をつくるというのも、バランスです。

ひとつひとつ家の形はちがいます。
住み手の要望や建築的な基本をしっかりつかんだ上で、それぞれの場面で全く違ったアプローチから全体構成、
デザインにも新しい試みを成立させてきました。

それはインスピレーションや単なる思い付きではなく、きちんとデザインされていなければ良い建築とは言えません。
調和のとれた価値観のもとで、穏やかで清々しくそして新しい空間建築をこれからもめざしていきたいと思います。

次号はそんな建築のデザインについてお話したいと思います。

阿保昭則